朝鮮学校2
オニアズマさんのところで、朝鮮学校についてpart2が公開された。
なるほど、様々な不安をかかえているのだなあ、と思った。
北朝鮮が拉致を認めたとき、無言電話や、嫌がらせの電話が相次いだという。本当だとすれべけしからんことだ。拉致家族の横田夫妻もたしかそのようなことを懸念されていたように思う。拉致の問題と朝鮮学校は全く別個である。日米対戦のとき、アメリカの日本人が収容された不当性を思い起こすべきだ。
そして、子どもたちの混乱にも同情する。まだなかなか、政権とそのもとの人々の区別がつかないのかもしれない。政治のあり方を否定することはそこに居住する人々を否定することではない。子どもたちは、北朝鮮だっていい面があるというとき、やさしいおじいさんやおばあさんを思い浮かべているのだろう。北朝鮮にも人情深い人や親切な人、暖かい人がいるのは当然だ。先生たちはそのことを教えてあげてほしいと思う。異なる文化を知っているということは人間性が豊かにするのを助けることがあっても貧困で不安な精神にするような結果にすべきではない。このことは日本人自身も知っておくべきであり、また、日本の学校にいった朝鮮の生徒を受け持つ日本の先生方も日本の生徒に教えるべきである。
謎に包まれた朝鮮学校がこのような形で公開されたことはよかったと思う。これからも様々な形で公開していくべきだ。
因みに私は学生時代、マルキシストの友達に連れられるままに、なんのことかわからいまま、朝鮮大学にいきそこの人々とともに道をデモ行進したことが一度だけある。何を叫んでいたのかも記憶にない。金日成の時代で、あのころ日本の左翼学生たちときっと頻繁な交流があり、北朝鮮に夢も希望もあった時代だったのかもしれない。体制や思想に夢や希望がなくなったとしても、その人々に夢や希望をなくす必要はない。体制が崩壊し、あるいは、韓国朝鮮のナショナリズムが鎮まったとき、あるいは、少なくともナショナリズムに邪魔されないとき、我々の明るい交流が始まるのかもしれない。そして、コリアを背景にもつ人々が日本人として笑顔で豊かに生活できる日々を期待する。
なるほど、様々な不安をかかえているのだなあ、と思った。
北朝鮮が拉致を認めたとき、無言電話や、嫌がらせの電話が相次いだという。本当だとすれべけしからんことだ。拉致家族の横田夫妻もたしかそのようなことを懸念されていたように思う。拉致の問題と朝鮮学校は全く別個である。日米対戦のとき、アメリカの日本人が収容された不当性を思い起こすべきだ。
そして、子どもたちの混乱にも同情する。まだなかなか、政権とそのもとの人々の区別がつかないのかもしれない。政治のあり方を否定することはそこに居住する人々を否定することではない。子どもたちは、北朝鮮だっていい面があるというとき、やさしいおじいさんやおばあさんを思い浮かべているのだろう。北朝鮮にも人情深い人や親切な人、暖かい人がいるのは当然だ。先生たちはそのことを教えてあげてほしいと思う。異なる文化を知っているということは人間性が豊かにするのを助けることがあっても貧困で不安な精神にするような結果にすべきではない。このことは日本人自身も知っておくべきであり、また、日本の学校にいった朝鮮の生徒を受け持つ日本の先生方も日本の生徒に教えるべきである。
謎に包まれた朝鮮学校がこのような形で公開されたことはよかったと思う。これからも様々な形で公開していくべきだ。
因みに私は学生時代、マルキシストの友達に連れられるままに、なんのことかわからいまま、朝鮮大学にいきそこの人々とともに道をデモ行進したことが一度だけある。何を叫んでいたのかも記憶にない。金日成の時代で、あのころ日本の左翼学生たちときっと頻繁な交流があり、北朝鮮に夢も希望もあった時代だったのかもしれない。体制や思想に夢や希望がなくなったとしても、その人々に夢や希望をなくす必要はない。体制が崩壊し、あるいは、韓国朝鮮のナショナリズムが鎮まったとき、あるいは、少なくともナショナリズムに邪魔されないとき、我々の明るい交流が始まるのかもしれない。そして、コリアを背景にもつ人々が日本人として笑顔で豊かに生活できる日々を期待する。